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今回の問題について私がほんっとうにイヤだなと思うのは、こういうのの背景にはさっき「一部の東京の小劇場にある嫌な自意識」と言ったもの、なんというか舞台と客との間にある権力関係に無自覚なまんま、観客を「啓蒙」したり「教育」したり「新しいものに触れさせ」たりするつもりで一見面白いかもしんないけど実はすごいパターナリスティックな態度で舞台作りをしている精神、がある気がするからである。舞台と客という権力関係に根ざした舞台という環境があるからこそ、客に性的な暴力をふるってそれは犯罪ではない、パフォーマンスだ、と正当化できるんだろうと思うし、たぶんこの問題を起こしたパフォーマーたちやパフォーマーが好き勝手することを擁護する人たちは、この舞台が客を一方的に圧倒する権力関係を無意識に是認しているように思う。これはいい演劇とか悪い演劇という問題じゃなく、ただの犯罪の話だ、という人もいるようだけれど、こういう環境を創り出しているパフォーマーの意識自体を問題にしないと根本的な解決にはならないんじゃないのかな?